酔っ払った勢いでずるいと呟きたい

捻くれ者でケチでゲーマーとかいう私のタイプの対極をいく人におちた話。

初めてちゃんと経験した、これが噂の沼落ちってやつか

いろいろあって今までの加筆修正して新たに書きます。先に言っておきます。めちゃめちゃ重いし長いです。そして。きもちわるい!!!!!!!!(CV: 鉄腕DASHのカエルを掴んだときの二宮くん)

 

10年後とかに読んだら穴がいくつあっても足りないくらい恥ずかしいやつだよね、これ。分かってる。それでも書きたい。言いたいことがまとまってないけど書きたい。気持ちが先行してる。何か形として残しておきたい衝動。あああむりすぎる!!!!!!

書きます。

 

 

 

私と嵐と沼落ちと。

 

 

我ながらなかなかに気持ち悪いタイトルだ。いや、それくらいがちょうどいい、これからの文章には。笑

 

 


そもそもこれまで好きになったことなかったのね、なにかを。多分。自覚してないだけかもしれないけど。でも好きな自覚がない好きは私の定義では好きではない。誰かからの影響とかではなく、自分から好きになったのは、今回が初めて。

 

元々わたし2007〜12年くらいにもお茶の間以上オタク未満くらいの距離感で嵐さんのことを拝見してたんだけど、それは完全に嵐オタクのお友達がいた影響でして。ちなみに当時は道明寺入り口のやまたろ落ちで担当は櫻井翔よりのオール担ってやつでした。よくあるやつってか王道だよね。とりあえず新聞からCDから雑誌から何から何までチェックして当時はスマホなんてないから自分で手帳(1日の予定が時間毎に書けるタイプのやつ)に逐一書き出したりしてた。小学生の私はクソ真面目にファンをやってました。でもある時気づく。私たちはもともとお互い影響しあって(高めあって?競い合って?)ファンだったところがあって。たしかに好きだけど途中ちょっと知識の自慢大会みたいになり始めた辺りから、ん?何か違う。違和感。「好きというよりそこにあるからこなす課題みたいになってない?」その後そのお友達とは高校で離れたのを機に、必然的に会う頻度が下がり、それと比例するように嵐への熱量も下がってった。

 

 

そしてある時Mステを見ていてふと気づく。

 

 

え、私この曲知らない...

それは確か Calling/Breathless だったと思う。

自分でも驚く。嵐さんの曲で知らない曲があるのか、と。

 

そこから高校は部活が忙しくスマホという文明の利器を手に入れたことも加えて生活がテレビ無しでも送れるようになっていた。それは芸能界にあれだけ執着していたのが嘘だったかのように無縁の生活だった。その時の私といえば「へえ、山崎賢人くんね〜ジャニーズぽい顔しゃん?違うのね?え、中島健人くん?そうなんだ〜けんとくんって人多いね、みんなかっこいい。え?NYCのバックだった人か(失礼)!デビューしてるんだよかったね〜」くらいの温度。寒すぎてペンギンも黙ってた。

 

 

じゃあ何で戻ってきたの?って。

 

 

後輩のツイートがきっかけでした。その子は二宮くんのソロ曲を動画付きでツイートして。そのとき思ったこととしては、「あ、二宮くんまたソロ出すんだ〜私虹好きだよ〜今年はなに?え?また今日と同じ明日が来る?題名やば(笑)」恐る恐る動画再生。

 

 

え、まって、え、?????!?!

 

 

ちょっとまって、、え?、いま私が聞いたのはなに???まずメロディーやばい。中毒性やばい。やばい。二宮やばい。てか何より何より何より何より...囁いたのやばすぎん?!?!?!え、みんなこんなの平常心で聞いてるの?こんなのTL流して大丈夫?声えろすぎんか???!?

 

まさに沼落ち。

そこから虹を含め二宮くんのソロが気になり、聞きまくり、いろんな曲で涙し、なんだか知らないけど秘密に戻ってありえないくらい永遠リピ。ダンスサークル入ってたけど練習中に隠れて聞いて一人で涙出てきそうなくらい聞いて。完全なる変態。もう変なおじさん踊るよ私。

 

 

そしてitを読み。完全に沼に浸かった。

 

 

昔は全く響かなかったItがゴングが鳴るようにゴーンって。もしかしたら、いやもしかしなくてもItで完全に落ちました。It落ちってどれくらいいるんだろう。ちょっと萎え期だったのもあって二宮くんの捻くれた考え方がすごく心地よく入ってきたんだよね。諦観を極める彼が羨ましくて。本当にそうなの?って思いながらも、あーもう好き。ってなってた。

 

 

 

最初に言ったように私は完全に自分から始める「好き」ってなかったんです。本当に嵐さんが初めて。よく女の子はこれを男をオトす殺し文句に使うみたいだけど私は本当に本当に初めて。(ねえ、聞いてる?嵐さん???オチてくれてもいいよ?????黙)

 

 

だからね、正直今戸惑ってる。
好きな人が出来ちゃった感。この感覚初。

 


私は好きな人ができたら誰にも言わないしバレないように行動まで気を使うタイプだし他に同じ人を好きな人、いわゆるライバルみたいな人が見つかっても公言しないタイプなんですよ。嵐さんに対してもそんな感じ。誰にもバレないように密かに応援してる。


なんでだろうね?
周りに言えば楽になるしもしかしたらもっと楽しい世界が広がってるかもしれないのに。でもそれをしない。それはきっとリスクを恐れる気持ちが大きいからなのかな。


自分の中でひっそり育てておきたいってのはある。誰かに言うことで周りからの影響のせいで嵐さんに対しての気持ちが変わりたくないんだよね。けっこう傷つきやすくて周りを気にしいな夢見がち野郎だから(きもい)。男のロマンじゃないけど自分の好きなやつは全力で守りたくて、それを取り巻く世界も大切にしたくて。そこは実際すごく大事にしてる。自分の気持ちを守りたい。それくらい真剣。楽しい。オタクって名乗っていいか分かんないけど最高だぜ!!!!

 


そういえばこれでオタク名乗れるのか分かんないけど私はコンサートへの応募券を自ら捨てている。ものっすごい行きたいよ。行きたいんだけど。ファンクラブにすら入ってない。不思議でしょ?自分でも不思議。笑 コンサートっていうのが最上級で超絶神聖な場所と捉えてるからなんだけど。キラキラな彼らを見ることで何か変わることが怖いんだと思う。多分、この気持ちは憧れに近い。現実味がないの。現実から構想を貰ったわたしだけの空想の世界って表現すれば分かってもらいやすいかもしれない。他にもこういう人いないかな?やっぱりオタクって言えるかどうか分かんないけどそれでも最高だよ!!!!!今の生活めちゃくちゃ楽しい!!!

 

 


とか言いつつ。今年の話なんだけど、全く当たる気がしなかったのとそれもコンサートじゃないから敷居が低くてワクワク応募したんだ。そしたら当選しちゃって。行ったのね。東京ドームの外野のいっちゃん上のいっちゃん端の席だった。私にとってライブやイベントというものに応募したのが初めてだった、ってのもあってめちゃくちゃワクワク興奮してて。宇宙の端っこかっていうくらい遠かったんだけど。宇宙塵の欠片になれただけでも嬉しかった。
嵐さん登場、わたしの肉眼に移る、

 

はぁぁぁぁぁぁああああ!!!!!!

 

 

実際にこの目で豆粒級だけど恒星みたいに光とオーラを放ちまくる嵐さんを見た。

あ、自分も声出るんだ。(正確には開いた口が塞がらずただ息もせず心臓が動いてるだけの三秒があってその後にやっと叫んだ。) と同時に一緒に泣いてて。そんな自分に驚いてて。もうなんだか訳わかんなくて。やっぱり私好きなんだ、って思った。やった!わたしちゃんと好きだった!!!!何人か付き合って来たけど自分に好きって気持ちがなくて終わってきた恋。もう私は男の子を好きにならないんじゃないんかってまで危惧したのに。やったよ!!おかあさんやった!!、、!!!!!!!

 

 

でも。同時に、会える存在なんだ、って知ってしまった。それは嬉しさとも哀しさとも寂しさとも付かぬいろんな感情が混じった今まで感じてきたことのないもので。心の中でちょっとだけ、来たことを後悔した。これは本気の、今までとは違ったリアルな失恋に似た感情だった。周りの大勢のファンを見て、当たり前だけど自分だけのアイドルではない彼らを見て。こんなに好きであることを周りに公表しない狡さも感じたりして。もし嵐が好きって言って嵐かあ(笑)みたいなこと言われたらどうしようって思ってる自分がいることに心底腹立ったりして。実際そう思ってた数年前の自分がいるからなんだけど。

...やっぱり私の空想の世界に閉じ込めて置くべきだったのかもしれない。帰り道すごく考えたけど堂々巡りで結論なんて出なかった。むしろ、結論が出るくらいなら最初から会いに行ってるわっていう怒りにも似たモヤモヤだけが残った。空っぽだった。

 

 

って。ちょっと小説みたく自分を書いちゃうくらいに感動したんです。それが言いたかっただけでこんな文書いちゃうんだよね。

 

 

でこうして今。やっぱりファンクラブには入ってない。入りたいよ?めちゃくちゃ入りたい。みんなに聞けば、入ればいいじゃん。多分そう言われるよね。分かってるから聞かないけど。

 

 

でも好きの表現方法は一つじゃないでしょ。こんな応援の仕方があってもいいと思うんだ。それにこうやって密かに応援してる自分が好きだったりするの(末期)。そういえばこの前一途を見返してて同じようなことを二宮くんが言ってる気がして。(オタクフィルターかかってるからなんでも絡めたがる)

 

「例えば、好きな人に毎日会いにいって、好きだよって言うことだけが愛情なのかな。会えない時に、今日はゴハン食べたかなって相手を想うことのほうが、ずっと深い気がする」(第28回)

 

(itは一回全て読まないとニュアンスが伝わらないの承知で抜き出しているので読んでない方は本紙を参照してください)

 

 

 

 

 

私は正直二宮和也という人物がこの世に存在してくれてたらいいと思っている(重いな)。究極の話、全ての活動を辞めて一般人になっても生きてることを感じられれば、いやもしかしたら感じられなくても彼が嵐楽しかったって思っててくれたらそれだけで満足かもしれない。「出会えてよかった。」って心の底から思ってる。
それはもう既にたくさんのものを二宮くんからもらったっていう自負があるから。本当にたくさん。めちゃめちゃ変わったよ、わたし。(めちゃめちゃ重い)
で?なんだっけ?あ、そうそう。愛情表現の仕方と深さについてね。想うだけでもそこに愛情は在ってさらにそこの深さにまで言及してくれてる二宮くん。すき。

 

 

 

ほかにも。

 

「答えとか結果を求めるって言うのは、究極、どんどん終わりに向かっていることでもあるでしょう。仕事も、恋愛もそう。恋愛の答えを結婚にしたら、それがかなった時に何かが終わっちゃう気がする。」(第3回)


この場合の答えとか結果はきっとファンサとかになるのかな。それが得たくてオタクやってるわけじゃないってことを言いたいの。
わたしは嵐さんが好き。二宮くんが好き。間違いない。でも、会うことだけが好きの表現方法じゃない。雑誌を買ったりwebに入ることだって立派な応援のカタチだ。少なくともわたしはそう思ってる。

 


やっぱり、とりあえず現実的なことを言えばさ、生きててくれればそれでいいや。ニノさんはほぼ見ないししやがれもリアタイできる日ばっかじゃない。でも、わたしは彼のことも関わった番組も作品も全部両手広げていいよって受け止める、そんなスタンスでいる。私は出来上がった作品よりもその過程に興味があるから。彼の仕事に対する姿勢が好きだから。

 


どんな側面も二宮和也に違いはない。わたしが評価するなんておこがましい。全てを知れるわけではないのだから見れる一瞬に喜べればいい。


二宮くんは現場を大事にする人。結果は気にはするしちゃんと周りの意見は聞くけどそれに対して振り回されたりしない。だから私もそこをちゃんと見る。応援する。ファンもそれくらいどっしりしてていいんじゃないかなあ。傲慢かな。

 


話が引用にまで戻るけど、ファンの意味、応援の "答えや結果" を求めたら、きっと「ファンサ」とか「お便りを読んでもらう」とか「認知」に近いものになってしまうんだ。そういう人を否定はしないし、わたしだってそれらを得られたら嬉しい。けれどそんな薄っぺらい応援はしたくない。自分だけが喜ぶためのファンではなくて、二宮くんに対して誇れるファンでいたい。

 


それに、それこそ二宮くんじゃないけど、
お手振りなんてもらった日には、何か終わりそうじゃない?何かが狂いそうだよ?

この夢を壊さず大事に育てるようにこうやってぬるく応援しているのがきっと私には合うんだと思う。

 

 

でも、いつかはファンクラブ入ると思う。
いつかは。でもそれはある意味わたしの中の「二宮和也」から卒業する日かな。みんなの「二宮和也」と同じになる日。来るか分からない未来なんてこの他にわたしは知らないけど。

 


考えることが壮大で大変だなあ。

 

 

(...わたしだけか?) 

 

 

こんなことを夜中の3時に考えてる大学生も
暇の極みだよね。しあわせ。ねる。

 

 

 

 

 

 

(沼)